光の呼吸をつなぐ 、RAYCREA™の現在地と未来
遠藤豊
アートディレクター

「光が入ることによって、透明だったところが不透明になったりして、表情を与えられる」──RAYCREA(レイクレア)と出会ったときに感じたことだ。光を可視化したり、異なる素材を繋いでいくと、互いに呼応し合う光の呼吸のようなものが生まれていた。RAYCREAは、透明なフィルムであり、鏡やガラスなどの反射素材と組み合わせることで、空間デザインや照明演出の可能性を広げる“光素材”である。
日東堂 KYOTO COFFEE(以下、日東堂)の2階にあるガラスの和室でRAYCREAを活かしたインスタレーションを手がける遠藤豊氏に、その素材としての魅力や表現上の工夫、そして今後の展望を聞いた。
“しすぎない”が鍵、RAYCREAの活かし方
日東堂は、八坂神社や清水寺からもほど近く、2階の窓からは八坂の塔(法観寺)を望むことができる。広々とした空間の中心に佇んでいるのがガラスの和室「美庵」だ。

その中には、鉄、木、鏡、紙、アクリル、ガラスなど異なる素材が、それぞれの幅や高さ、厚みの異なるプレートとして配置され、一種のコロニーのように調和していた。それらのプレートにRAYCREAが貼られ、素材たちを繋ぐ媒介として使われている。
このインスタレーションでは、決めごとを極力設けずに、デザインしすぎないことが鍵となった。この和室は全面ガラス張りであるため、外の景色が反射し、光や空間を思い通りにコントロールすることは難しい。むしろ、それを受け入れ、どう共存し、どこまで寄り添えるかを探った。

そして、完成されたプロダクトではなく、素材(マテリアル)としてのRAYCREAをどう見せるかを大切にしたいと考えた。「中間的な立ち位置で存在できれば、観光客にとっても、偶然立ち寄ったデザイナーや建築に興味がある人たちへも、何かのアイデアのきっかけになる。そんな素材の見せ方が今回のテーマです。”塩だけでおいしい”みたいなインスタレーションができたらいいなと思っています」と話す。
素材の表情 × 偶然の美しさ
この空間は、訪れる時間や鑑賞する位置によって、異なる印象を与える。ガラス張りという構造、映り込む外の景色、天窓から差し込んでくる光…あらゆるものを借景しながら生まれる表情の豊かさが魅力だ。
床のパネルは杉材が使われており、空間にフレッシュさをもたらしている。栗の木をフレームとして使用したプレートも設置されているが、遠藤氏の言葉を借りるなら”怪我の功名”とも言える、偶然が生んだ物語がある。
「少しだけ色を入れたいと思って染めてもらいましたが、 タンニンがものすごく反応して真っ黒になってしまって…(笑)」その後、もう一度磨き直したことで、新たに削り出された木肌と、奥深くまで染み込んだ染料の色がヴィンテージ感のある風合いをもたらした。
西側に設置されたプレートは、背の高い栗の木と組み合わされ、片面にRAYCREA、もう片方の面に土佐和紙を使用、土佐典具帖紙職人浜田和紙が漉いた極上の手漉き和紙だ。

「そこは遊び心も含めてなんですけども、異なる素材が一緒になることによる相乗効果で面白い効果が生まれるといいですよね」また、北側には、遠藤氏が「かわいい」と笑顔をこぼす、小さな少し厚みのあるガラスのプレートが設置されている。

本来、ガラスは一部の波長を吸収するため、導光体として用いるには工夫が必要な素材とされる。

だが、このインスタレーションにおいては「素材の透明感が逆によく見えて面白いなと思って。染まり方もすごく均等で、思っていたよりもすごくいいな、と」。和紙が透け感をつくる柔らかい光とはまた異なる、どこか近未来的な印象を与えてくれる。こうした多素材との調和は、空間設計や内装建材、デザイン面での選択肢を広げる可能性を示している。
自然のような光を表現する
このインスタレーションにおいて重要なのが、光そのものの選定とリズムだ。コンパクトかつ高輝度で、色の再現度も高い光源を常にリサーチしていると言う。今回はFCOB LED(Flexible Chip on Board の略で、LEDの素子が基板に直接乗っているもの)を採用している。

「外の木々の葉っぱの動きも、風によってどう動くかわからない。それが常に繰り返される。自然界に存在する有機的な動きのようなものを光で表現している」
これまでに手掛けた大阪府茨木市のLighting Dome(注1)や、INTERSECT BY LEXUS – TOKYO 「hex flat crystallized」(注2)では、短い滞在時間でも印象に残るよう、光の演出が緻密に設計されていた。一方、日東堂を訪れる人には、時間とともに変化する光のリズムに身を委ねながら、自身の感覚と共鳴させていくような体験が想定されている。眺める角度や時間帯によっても変わる表情を、アンビエントな音楽とともに、ゆっくり味わうことができる。
素材の可能性とこれから
遠藤氏が今回のインスタレーションで示す未来像は、スケールの大きな建築用途だけでなく、むしろ日常の中にも溶け込む存在だ。
「建築素材として捉えるとスケールが壮大になってしまうので、ちょっと自分の部屋の隅にあったら良いと思えるスケールで…それこそ掛け軸のような役割ができたら」

「『こんなものがあったら買いたいかも』『自分ならこんな使い方を試したい』と想像してもらうのがいい」とインテリアなどのプロダクトへと展開していく未来も見えている。光源の開発も合わせて必要になることを前提とした上で、RAYCREAを使うことによって、自然な光をそのままシミュレートできれば、生活の中にいつのまにかRAYCREAがあって、自分の好きな光を作ることができるのではないか」と想像は膨らむ。
さらに、美術展での利用にも大きな可能性を感じている。
「もちろん、何かを見せるためには光を当てなくてはいけないですけど、これ見よがしに照明機材を見せたくないので、光源がどこにあるのかわからない光には不思議な効果がある」
RAYCREAは光の向きをコントロールできるため、その特性を生かすことで展示物そのものを際立たせ、まるで浮かんでいるかのような浮遊感を演出できるはずだと語る。
もっと自由に光を選ぶ時代が、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。


(注1):Lighting Dome(導入事例)
(注2):INTERSECT BY LEXUS – TOKYO 「hex flat crystallized」(導入事例)

遠藤豊
アートディレクター
昭和52年新潟生まれ。舞台芸術から派生し、音楽、映像、デザイン、テクノロジーほか領域を問わず関係性を構築する。平成17年、有限会社『ルフトツーク』を東京に、平成24年『LUFTZUG EUROPE』、平成31年『Lugtje』をアムステルダムに設立。曖昧なメディアの媒介として役割を確立しようと活動を広める。人と感覚の交流、感覚の遍在化を目指し国内外で積極的に活動。CITIZEN『LIGHT is TIME』(平成26年/ミラノ、東京)、建築家フランク·ゲーリー展『I Have an Idea』(平成27年/東京)、向井山朋子『La Mode』(平成28年/台中)、『HOME』(平成28年)、『GAKA』(平成30年/テルシュヘリング、高知、神津島)ほか、演出・プロダクション制作などに携わる。